第1楽章-5 ニュージーランドで買ったマイホームのカギを渡された日を私は忘れない
(これまでのあらすじ)
家を買った! いよいよカギをゲット!
このたびの海外引っ越しは、アメリカ駐在員の時とは違ってすべて実費。
だって、脱サラしたプーなんで。会社というビッグなバックがいないんで……。
となれば少しでも経費を安くしようというのが庶民のサガ。
引っ越し業者の手を借りず、すべて自分で荷造りし、梱包リストをつくって船業者のところからコンテナで出港させた。
日通(日本通運)に頼んでアメリカまで引っ越したときは確か100万円近かったと記憶する。
ところがどうよ。自分で手配したら、積み荷の数も容積も今回の方が断然多いのに50万円ですんじゃった。
やはり、節約すべきはビジネスも家計簿も「人件費」。勉強になりました。
さて。
名古屋港から送り出したのが7月24日。
その2日後、すぐさま私たちは飛行機に乗った。
なぜか……?
名古屋港からオークランド港まで6週間と聞いたから。
これ、どういうことかというと。
つまり、オークランド空港で荷物を降ろされる前に、私たちは住む場所を決め、家を買わなければならない。なので、
「こりゃ、ニュージーランドで居を構えるまでの時間を一日たりとも無駄にしてはならぬ!そう。節約すべきは人件費だけでなく時間もだ!」というわけで。
◇
家の購入の際、私たちは売主さんにひとつ条件を提示した。
「日本からのコンテナが9月6日にはオークランドに到着しちゃうんです。そこからネーピア港に回ってもらうんで、もしこの家を購入した際には9月10日ぐらいには入居したいんです。つまり、それまでに、出てってもらえます?」
と、猫なで声でお願いした。
先方さんはその時点でまだその家を売ったのちに住む家を決めてはいなかったのだけれど、(たぶん売りたい一心で)すんなりそのリクエストにうなずいてくれた。
9月10日。午前9時。
弁護士の立ち会いのもと、家のカギと、金15万ドルと記入されたチェックが交換される。
おぉー。現金で一軒家を買った瞬間だ!
築30年の一軒家、土地約100坪を1000万円(注:現在の物価ですと2800万ほどでしょうか)で購入。
中流階級の日本人ならば、大概できるであろうこのお買い物だが、ニュージーランド人の中流の方々からすれば、これは、まま、すごいことらしい。
「いえ、他の日本人移民ならきっともっとでっかい豪邸買っちゃいますよ。私たちは、典型的な庶民なもので、えぇ、つまり、資産は何もないんでね、このあたりが分相応かと……」
……な~んて心では解説してましたが、わざわざ、そんな自分たちをさらけ出すこともなかろうよ、と、さりげなく、ちょっと自慢げに、その瞬間を迎えたのだった。
ちょっと申しわけないことに、元オーナーはまだ引っ越し先が見つかっていなかったらしい。退去後、私たちとは入れ替わりにモテル住まいとなったんだそうな。
「こんなに早く売れるとは思ってなかったんでね」と、一週間後にスーパーでばったりあったときにそう聞いた。さらりと言ってのけたさわやかな笑顔に、私たちは救われる思いだった。
引っ越し当日の朝
午前9時半。
早速空っぽになった家中を大掃除。
予約しておいたカーペットクリーナーやさんが10時に登場。
作業時間約1時間。
家中に扇風機をおいてカーペットが乾くのを待つ。
午後1時、家の前に40フィートのコンテナが届く。
でか!
お向かいのご近所さんが、何事か? と、道路にでてきて向う側からのぞいてらっしゃる。
「あ、こんにちは~!このたび日本から引っ越してきました一家です。どうぞよろしく~」
……今、私たちにできることは、笑顔でごあいさつ。これしかない。
コンテナの運転手さんが、
「ほな、1時間後にコンテナを引き上げにくるんで、よろしく!」
と言って、コーラ片手にどこかへ行ってしまった。
入れ替わりに、あらかじめ頼んでおいた国内引っ越しやさんの筋肉マン3人が登場。
ありがたいことに、友人夫妻がピザを抱えて手伝いに来てくれた。
荷は、あっという間に庭いっぱいに降ろされた。
ところが、計算外の困った事態が確認された!
あいにくの曇り空のせいで、まだカーペットが乾ききっていない……。
う~っ。仕方がない。
今日のところは、自分たちじゃ運べない大きな家具だけ入れてもらって、他のものはガレージに詰めておこう。
指揮に専念している私は、その旨を筋肉マンたちに伝えるべく大声を張り上げた。
「筋肉まんのみなさま! 今日のところは、大きな家具だけを家内に入れて、そのほかはガレージへお願い! その際、ぜ~ったい、土足であがらないでくださいね! カーペットのクリーニング300ドルも払ってるんだからーーー……」
が、次の瞬間……………………、
日本人一同、絶句……。
靴を脱いでくれたって靴下が真っ黒じゃぁ意味ねぇよー!
(なんで靴下がこんなに汚いんだよぉ!!)
固まった私の顔を見て友人夫妻が笑った。
「猫の手引くより皿を引けっていうでしょ? 彼らの靴を脱がせるより、カーペットのうえに何か布を敷き詰めた方が賢明だわ」
あわあわあわ、早くも、カルチャーショックだぃ。
◇
夕方5時。かろうじて日が明るいうちに荷物はすべてガレージにおさまった。
友人夫妻が持ってきてくれた引っ越しピザを食べて、早々に寝支度をする。
ニュージーランドの7月は思いっきり寒い。おまけにカーペットの湿気で家中が凍る。
みの虫のごとく寝袋にくるまった四つの塊は、ぶるぶると震えながらリビングに転がって眠った。